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自己紹介兼私の四半世紀の生い立ち

私は東海地方のど田舎の自営業の家庭にうまれた、親は貧乏ではあったが私にしこたま投資してくれた。貧乏をぬけだし親にいい思いをさせたいし、いい女を抱きたいし、いい飯を食いたいという純粋な欲望のままに生きる人生を幼少期から渇望していた。

 

東京にいけば、裕福になれる華やかな世界で生きていけるという希望を持ち、東京大学ならエリート街道まっしぐら何不自由ない生活が約束されるという確信を持ち東京大学進学を目指し勉強を始めた。非常に安易である。然しこの選択に喜ばない親はいないだろう

 

女子にはキモイと罵られ、高校生らしい甘酸っぱい思いもせず、ただただ東大にいけば人生大逆転で女から寄ってくるし、就職も企業から土下座して入社を請うてくる。

このような田舎でふんぞり返ってるやつらとは次元が違うのだ、俺は天下を取るんだ!!と意気込んで勉強していた。

高校生でバイトをしているやつなんて馬鹿だ、高々時給1000円で貴重な時間を売っている間に俺は勉強して生涯年収ベースで大きく差をつける。今の勉強は将来の年収差で考えれば時給5万以上の価値があると思えば全くつらくなかった。

ましてや金にならない部活など全く合理性がない。当然のごとく帰宅部のエースだった。

 

そんなこんなもあり東大には進学できたものの、それだけで人生あがりというわけでは全くなかった。正に晴天の霹靂であった。地獄をみた。

女子うけは慶応の方が断然よく、勉強は中途半端に大変で(前半は理系だったこともあり)全く大学生活を謳歌できず、おまけに就職活動では裏ルートなどなく他の大学生と同じルートにのらないといけない。確かにESはスルーだろうが、それだけでは全く割に合わない。

そして、なんと就職活動では、学業以外の課外活動が重視されるという謎の評価軸がまかり通っており、暇な私大文系に有利な就職活動体系であった。

 

弱者である私は社会のルールの中で戦わないといけないので、仕方なく学生団体の代表になったりインターンしたりそれらしい活動を行い取り繕うには十分な経験をした。

就職先も特に何もしたいことはなく、死なない程度に働いて金持ちになれて女子にもてる職業という軸で、年収が高く合コンでモテル企業を片っ端からうけていった。

上記経験もあり日系企業では最終面接まで、面接でおちることはほとんどなく、結局一番給料が高そうで、もてそうな総合商社に入ることに決めた。

 

では商社に内定してから入社まで希望に満ち溢れていたかというと決してそんなことはなかった。東大の同期にも悟り人は多かったが、懲役40年を言い渡された囚人のように4月を迎えることにおびえていた。40段のピラミッドの最下層に組み込まれるわけである。

部活をしてこなかった自分としては、筆舌に尽くしがたい恐怖であった。

考えてみてほしい40年を10回繰り返せば関ケ原である。社会人を10回経験すれば、天下分け目の関ケ原である。ありえない途方もない時間に感じられた

人生の7分の5を自動で奪われ、命の炎をもやし、働くということだけは当時から理解していた。3月31日に大学同期ろ九十九里浜で人間としての最後の夕日を見ながら涙したのがついこの間のようである。

 

然し残酷にも時は過ぎ、4月を迎えた。

入社式で社長が皆さんの輝かしい目をみると嬉しく思いますとおっしゃっていたが、

私の目は濁りきっていた。絶望の濁りである。

では、なぜこの選択をしたかという理由は簡単である。他の職種と比べて、給料モテ度の面から相対的優位性があったからに他ならない。

 

そこから曲りなりにも5-8年(欧州での経験含む)働いてみて思うこと、社会の構造について徒然と記載していこうというブログである。